学問としてではなく…
先日、オンラインで講演を聞いていた際、話し手の方が、「様々な古典を読んできたけれども、辞書などはひかずに読んできた。それで、後から間違った解釈をしていた部分も多いということを知ったけれども、実はその「間違った解釈」の部分も自分の人生に役立った」と言うお話をされていました。
古典に限らず、本を読む時も、人の話を聞く時も、私はいつも何か「正解」「答え」を探そうとする意識が強いように思います。
その方は、「学問のように本を読むのではない」とおっしゃっていましたが、本は、書いた人、書かれている事柄との「触れ合い」を大切にして、「感じる」ものがあれば、それでいいんだな、と思えて、ビビッときました。
古典に関しては、私は解説書なしに読む事は無理だと思うのですが、何事を学ぶにしても、「正解を探そう」などというところからは解放されたい・・・と思いました。